【野球 杉本忠】甲子園・都市対抗野球準優勝ピッチャー、次世代に繋げたい想い(4)

――杉本さんは、オーバースローから始まってサイドスロー、アンダースローに移行した経験もあるので教えることができますね。

杉本:吉井さんから「メンタルの作り方」を教わり、高橋さんから「フォーム」、そして野村さん「野球に対する考え方」をご教示いただきました。現在休みの日を利用して、少年野球のコーチをしていますが、僕はその方々から教わったことを伝えています。ただ、それを「時が来たら」キチンとした形で、日本野球の将来のために伝えたいですね。

プロ野球で各リーグ優勝チームが決まると、消化試合が始まります。その時、先発で若手ピッチャーが登場しますが、初マウンドで舞い上がってしまい、初回で5失点とかいうケースがあります。あれはメンタルコントロールが出来ていない証拠です。2軍では出来ているはずなのに1軍のマウンドだと本来の力が発揮できない。

本人も「緊張しちゃったな」と分かっていると思います。でも緊張する前に何をしたかが重要なんです。「キャッチャーと、どれだけ会話した?」「投げる前に、どれだけ準備期間を設けたの?」とか。

僕からすると「緊張するって分かっていたのに、なぜ緊張したの?」と。「試合で緊張する」というのが分かっていたら、普段から緊張しないように考えなければいけない。

緊張すると視野が狭くなって、体が思うように動かない。ストライクが入らず、ボールが先行してしまい、「フォアボールを出しちゃいけない」と考え、真ん中に球が集まりすぎて打たれる、というのが大体のパターンです。この話をピッチャーにすると、ほとんどのピッチャーが頷くと思います。みんな分かっているんですよ。

だったら普段から、そうならないように練習すれば良いだけの話なんです。僕はブルペンにいる時、緊張した時の気持ちを思い出します。「あの時、これだけ緊張したな」という気持ちを思い出してピッチングをします。

僕のやり方なので絶対に真似して欲しくないけど、僕はわざと過呼吸気味に呼吸をしました。緊張した時の心拍数に近いので。ブルペンに入った時は、その状態に自分を持っていく。すると常に緊張した時と近い状態を作ることができるので、緊張に慣れていきます。

それは吉井さんを近くで見て自分で感じたことです。吉井さんは常に声を出して気持ちを上げて緊張状態を作り出している。

――特別な状態を普段から作っておく、ということですよね。

杉本:そうです。野球をするまでの準備や物の考え方を整理すると、緊張することが無くなってきます。ベテランになると緊張することが少なくなる。で落ち着いて投球することができる。だから結果がついてくるんです。それが経験値なのかと思います。

子供たちに教える時にも「緊張したでしょ?その緊張した気持ちを忘れちゃダメだよ」と教えます。子供たちに難しいことを言っても分からないので「緊張した気持ちを思い出してブルペンで投げてみよう」と伝えますね。今は子供たちに野球を教えるのが生き甲斐になっているのかもしれませんね(笑)

僕は野球が大好きなんですよ。選手としてマウンドを離れてから、ますますその思いが強くなりました。自分を育ててもらった拓大紅陵高校も、2002年から学生食堂や選手寮の食事提供業務をシダックスが行うことになり、少しは恩返しできたような気がします。

これからも一社会人として会社で一生懸命仕事をして、野村監督をはじめ先輩たちから教えていただいたことを、僕なりの方法で子供たちに伝え、野球界に恩返ししたいと思います。
<おわり>

<プロフィール>
杉本忠:1975年生まれ千葉県出身。父と兄の影響で小学生から野球を始める。その後、拓大紅陵に進学。高校3年で甲子園に出場し準優勝。大学卒業後、ヨークベニマルで活躍。だが野球部廃部に伴い、シダックスに移籍。野村克也氏より指導を受ける。現在、袖ヶ浦シニア等でコーチとして後進の育成に携わる。

取材・文/大楽聡詞

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