――かなりひどい状態だったんですね。昨年11月平田選手はドラゴンゲート出身の大鷲透選手、土井成樹選手とトリオを組み、KO-D6人タッグ王座戴冠を果たしました。
ドラゴンゲートに練習生として在籍していた頃、大鷲選手と土井選手は一緒でしたか?
平田:土井さんは一緒でしたが、大鷲さんはいなかったです。
――土井選手とは接点があったのですね。
平田:当時、僕は練習生。交流があるのはコーチや一部の選手だけです。土井さんはトップ戦線に絡んでいるレスラー。
土井さんは僕のことを知ってるくらいで、色々プライベートで話したりとかはなかったですね。
――ドラゴンゲート退団後、平田選手がDDTに入団したのはどういった経緯があったのですか?
平田:ドラゴンゲートは辞めたけど、プロレスを辞める気は全くありませんでした。ただ、膝の手術は迷っていましたね。手術して、また一から身体を作り直すのは大変です。
だったらテーピングで膝をガチガチに固めて怪我を隠したまま、とりあえずデビューしようと考えました。
一度デビューすれば、手術で長期欠場してもプロレスラーに変わりない。怪我のことを黙ってDDTに面接しに行きました。
――それで大丈夫でしたか?
平田:いや、結構ダメでしたね(笑)。練習中、膝が抜け「痛っ、ちょっと今ひねっちゃいましたね」と大怪我感を見せずにごまかし、気づかれずにデビューしました。
――平田選手は2010年2月新木場大会で高木三四郎社長のスタナーを受けた中澤マイケル選手に襲い掛かり逆エビ固めでギブアップを奪い、デビュー前に第833代アイアンマンヘビーメタル級選手権王者になりました。あの時も膝がグラングラン状態で戦っていたのでしょうか?
平田:あの時は…膝グラングラン状態ですね(笑)