■マリーンズファンとの堅い絆
力の源となったマリーンズファンとの絆。エピソードはリハビリの時だけではなかった。
話は98年にさかのぼる。マリーンズは6月12日から7月9日まで、現在も日本記録となっている18連敗を喫した。
黒木も連敗中は先発から抑えに回り、途中再び先発に戻るなどフル回転。何とか連敗を止めようとチームのために毎日のようにマウンドへと上がった。それでも故障者も出るなど悪い流れは止まらず、連敗が積み重なっていった。
そして、7月5日のダイエー(現:ソフトバンク)戦で当時の日本記録だった1970年ヤクルトの16連敗に並んでしまった。
この2年前には当時最下位に沈んでいたダイエーが日生球場で敗戦後、バスに乗ったナインをファンが取り囲み、生卵を投げつけた事件が起こっていた。
この日黒木は翌日の先発に備え先に帰宅していたが、そのシーンが頭をよぎった。しかし、テレビをつけると自身の心を大きく動かす光景が映っていた。
「マリーンズファンがスタジアムの正面で一生懸命応援歌を歌っていたんです。『ファンは怒るんじゃないか』そう思った自分が解せなかった。7月7日は”何がなんでも”という気持ちでマウンドに上がりました」
黒木はこの試合、神戸で行われたオリックス戦で抑えから先発に戻った。脱水症状を起こしながらも9回2死まで力投を続け3−1と完投勝利目前に。
しかし、あと1球のところでハービー・プリアムに本塁打を浴びまさかの同点。降板後の延長12回にサヨナラ満塁弾を喫し敗れ、新記録となる17連敗目を喫してしまった。これが今も語り継がれる”七夕の悲劇”である。