――ハヤブサさんと同じことをやっても敵わないので、違う道を歩こうということですね。恐らく、ハヤブサさんの基礎や間の取り方が凄いという話はこれまでクローズアップされていないと思うので、大変貴重な証言ですよ。
マンモス:これはリングで対戦してみたら分かると思いますね。
――次の話なんですが、2000年11月にハヤブサさんが古傷のヒジを治療するために半年間欠場されて、代わりに新エースとなったのが黒田さんでした。黒田さんはチーム黒田というユニットを結成して、あの手この手で、話題を作られて試合でも結果を出していって活躍していきます。
マンモス選手も途中からチーム黒田に入られています。ハヤブサさんがいなかった2000年末から2001年春までのFMWについてどう思いますか?
マンモス:この頃のFMWは何でもありという感じで、悪ノリ時代でしたね(笑)。東京スポーツさんとかは喜んでくれたんですよ。
――確か東京スポーツさんでの紙面で、この時期は目立つようになった時期でしたね。マンモス選手はチーム黒田での活動は乗り気だったんですか?
マンモス:面白かったですよ。焼肉屋で食事をしている冬木さんをチーム黒田で襲撃して、盛岡冷麺とかを入れる鉄のお椀を被せて殴ったら「めちゃくちゃ痛かった!」と怒られたりとか(笑)。
――それはムチャなことやりましたね(笑)。黒田さんからはどんなことをしてでもFMWを守るんだという気概は感じてましたか?
マンモス:そうですね。ハヤブサさんは欠場していて、田中さんはFMWを辞めてましたから、黒田さんは団体を引っ張っていこうと頑張っていたと思います。
――黒田さんは本来は二番手とかで実力を発揮するタイプだと思うんですが、不測の事態があって団体のトップになっても、きちんと役目を果たされるんですよね。だからハヤブサさんが帰ってきたときに、実はチーム黒田でややヒール的役割をされていた黒田さんが「俺はお前がいない間、FMWを守ってきたんだ!」と言った時に大歓声が起こったんですよ。ファンはきちんと見ているなと思いましたよ。
マンモス:確かにそうでしたね。