――技を「掛けられる側」ですか?
広田:あまりにも衝撃的で「やられたい」と思いました(笑)。その技はダイナマイト関西さんがキューティー鈴木さんに掛けた「スプラッシュマウンテン」だったことをのちに知ることになります。
そのテレビ映像の印象が強くて「プロレスって何だ?この世界に入るためにはどうすればいいのか?」当時はインターネットがなかった時代で本屋さんや図書館、古本屋に行って情報を集めましたね。それが17歳の7.8月でした。
本屋で専門誌を見ていると「女子プロレスには、いくつか団体がある」とわかりました。その時期、GAEA JAPANは一期生である里村明衣子さん・加藤園子さんがデビューし「驚異の新人」と言われていました。雑誌にもGAEA JAPANの記事がメチャクチャ多く載っていたのです。
「プロレス業界に入るんだったらGAEA JAPANが1番雑誌に載る確率が高いかもしれない」と思いました。GAEA JAPANは旗揚げしたばかりの団体で新人を随時募集していました。それでGAEAの事務所に「オーディション受けたいです」と電話連絡しました。
すると「履歴書を送ってほしい。8月末にオーディションがあるので来てください」と言われました。女子プロレスを知ってからオーディションを受けるまで約2週間ですね(笑)。
――広田さんはすぐに行動に移るタイプですね。ところでオーディションは合格でしたか?
広田:ずっと遊び続けていたので体力はありません。オーディションが決まってから2週間なかったので体力や筋力をつける期間もなかった。履歴書に書くために2週間空手と柔道は習いました。